2012-08-04

サスティナブル・スイス ―未来志向のエネルギー、建築、交通

環境も社会も経済も、長持ちする未来をつくる
豊かな自然を育む文化、行政の強いリーダーシップ、
成熟した市民社会が生む―持続可能なエネルギー利用
快適で美しいエコ建築、クリーンで便利な交通
2009年5月30日初版
スイスでのハナシです
『限りある資金を産油国に注ぎ込み続けるのではなく、省エネルギーや再生可能エネルギー対策により国内の経済に流通させる方が賢い選択』ということを実感として体験してしまった庶民はいま行動に移し始めました。そして、その行動に『持続的な社会と経済を可能とするには、国や行政の強いリーダーシップが不可欠である』ということを足蹴にしてきた『勢力』も無視できない時代へとはいってきたのではないでしょうか?
◇◇◇◇◇
スイスの原発政策のこと
今日、「原発はクリーンで安全で低価格」でないことや、原発で温暖化問題を解決することができないという事実は、中央ヨーロッパで持続可能なエネルギー需給を研究する専門家や環境団体には周知のことである。またウラン資源の埋蔵量には限りがあるし、燃料コストの高騰は不可避で、100万年残る放射性廃棄物の最終処分場の問題は解決されていない。最新型の原子炉でも事故のリスクはあり十分な保険がかけられていないので、事故の際には納税者が処理費を払うことになる。大手電力会社がこれらのリスクを冒しても、どうしても原発を建てたい本当の理由は何か。一つめの理由は、電力需要の伸びるヨーロッパ市場への輸出というビッグビジネスだろう。大量の余剰電力は格好の輸出商品だ。二つめの理由は、原発という部分負荷で運転のできない大型電源を所有することにより、ベースロード用電力(最低要求発電量を確保する基幹電源)の市場を次の50年にわたり独占できることである。そこでは再生可能エネルギー源のような分散型電力供給は脇役に押しやられる。三つめの理由は、原発設備の運営資金が間接的に(減税や低額な保険金、低額に見積もられた廃棄物管理・解体費用などによって)国から補助されていることだろう。原発推進派からは、「供給不足」はあたかも不可避なことのように語られているが、実際のところはどうなのだろう。原発でもないガス発電でもない第三の道もある。もっとラジカルに節電と再生可能電力の増産を行うことである。それが最も経済的で、持続可能な選択肢であり、しかも実現可能であることは、エネルギー庁の発表した2000W社会型のシナリオに記載されている。ここで原発を選ぶのは、スイスの社会や経済にとって危険な投資である節電や再生エネルギー設備の国内市場にはブレーキがかかってしまうだろう。幸いにも大手電力会社とは違う道を行くのが、スイスに多数ある市営エネルギー会社である。どの技術に投資するのか、スイスの電力供給の次の50年が、2012年の国民投票で決まる。スイスの環境団体や脱原発派の市民は手に汗握って戦いの準備に備えている。隣接するドイツやオーストリアの市民団体からもすでに反対の声が挙がっている。スイス国民には国や子供たちの未来を考えて、2000W社会を道標とした第三の道を選んで欲しい(「電力不足説と気候温暖化説を口実とした原発押売り」より抜粋)。
2000W社会のこと
シャフハウゼン市の市議会は2007年10月、2000W社会を目指すことを決断した。「2000W社会をつくるためには、これまでとは違った生活スタイルや物資の供給方法、建物が必要になりますから、時間がかかります。ですが、今後10年で、化石エネルギーの世界需要が増し、価格は倍増するでしょう。2000W化しなければ、エネルギーへの出資が膨らんでも、収入は増えませんから、教育や福祉、交通といった社会の重要な課題に出せる資金が少くなります。その問題を先回りして解決することが、シャフハウゼン市を企業や住民にとって魅力的な町にするのです。また市営水道・エネルギー会社の所有するライン川の河川発電所(100年以上の歴史をもつ)も温暖化の影響で冬の水量が減るために、今後、発電量が減ると予想されています。ですから、今のうちに十分な省エネ対策や再生エネルギー増産を図っているのです(市・環境エネルギー課長;ウルス・カッパウルさん談)」
スイスの再生エネルギーのこと
太陽エネルギーや風力はスイスでは利用量が少ない。それは、スイスの気候条件が冬の日射が乏しく、風力発電に適した風が吹かないという理由のためではない。確かに海岸を持つ国と比べると、スイスの多くの場所は風力発電には向いていない。内陸で山地のスイスには突風はあるが、風力発電に適したコンスタントな風が吹く場所が少ないためだ。だが、スイスと同じような自然条件を持つ山国のオーストリアでは、太陽熱温水器の面積は6倍、風力の発電量は1人あたり55倍である(いずれも「スイス比」)。このような両国の差は、IEAが指摘するように、スイスの国レベルでの再生エネルギー促進政策が長年消極的であったこと、そして既得権を握るエネルギー産業からの風当たりが厳しいことを示す。スイスでは太陽光発電設備や風力発電設備の特殊部品に特化して成功しているメーカーがいくつかあるが、彼らの市場は国内ではなく、もっぱらこれらの再生可能エネルギーがブームとなっている周辺国に(そのターゲットは)ある。
シッサハ市のキャンペーンのこと
2007年からスイスのエネルギー関係者の間でひそかな注目を集めている太陽熱温水器設備の新しい普及モデルがある。その名は「今100」。表向きは自治体が先導しているように見える「今100」プロジェクトには、実は裏の仕掛け人がいる。「今100」キャンペーンに自治体が参加する費用として支払うのは、人口1人あたりわずか1フラン(約100円)、と無料に近い設定だ。従来の再生エネルギーへの補助金とはまったく違う方法をとり、補助金にはないスピードと組織力が画期的な「今100」モデル。将来的には、太陽熱温水器に限らず、他の再生エネルギー源にも適用して、全国各地で展開されていく予定。
利用され続ける建築のこと
戦災(2回の世界大戦など)をほとんど受けなかったスイスでは、町や村を歩けば築100年以上の建物が現代の建物と並存しているのが普通に見られる。それらの建物の中身は、度重なる改修によって、次の時代の要望に合うように更新されてきた。これは歴史的な建物だけでなく、戦後建築についてもいえることで、スイスでは寿命の長い建物をつくり、それを継続的に手を入れながら価値を維持していくことが、家を持つ者の責任のように考えられている。問題は、内外装の表面的リノベーションは頻繁に行われているが、古い建物レベルを新築並にアップする本格的な総合改修への投資は、改修文化が根付いているスイスでさえも、十分には行われていないという現状だ。これは温暖化・エネルギー政策的な問題でもある。ミネルギー連盟では、改修対策を「外壁、窓、日除け」「屋根、屋根裏」「水まわり、配管、換気設備」「暖房、給湯、再生エネルギー」の4セットに分けて、15年くらいかけて、これを段階的に実施することを推薦している。またミネルギー改修を目指す人には、「ミネルギー・モジュール」という認定を受けた窓や断熱システムの製品を選択すると、容易にミネルギー基準を達成できることができる便利な仕組みもある。興味深いのは、こういった総合改修計画を立て監修するのは、スイスでは業者ではなく、建築家の役割であることだ。施主が業者に直接、外壁改修などを依頼するケースもあるが、それだと計画性のない部分改修となり、改修のもつポテンシャルが発揮できない。建築家は省エネ・総合改修において、エネルギー計画から、デザインや機能、エコロジー性、経済性といった側面をバランスよく考慮に入れた総合コンセプトを作成する重要な役割を担っているのだ。
スイスの集合住宅(1960~70年代の団地)改修のこと
改修が必要なのは、サイクルが40~50年の躯体や配管だけでなく、15~20年の暖房・設備機器、窓、水まわりにも二度目の交換が必要(全面改修が必要な棟数はスイス全土で4万棟)になっている。「快適性の向上、居住面積の増加、省エネによる運用費の低減の両立」や「40年のあいだに変化した居住スタイルへの要望やより大きなオープンな間取りへ、そしてバルコニーやサンルームといった半屋外空間が好まれるようになった現在、そういった要素を持たないこの時代の集合住宅は市場で好まれなくなっています」(ミネルギー連盟技術部代表・建築家ハンスペーター・ビュルギさん)60~70年代の集合住宅は、都心に近い立地条件・ゆったりとした共同の緑地など独特の魅力をもった反面、部屋が狭く・快適性が低い・美観的に劣化して(いるなどの現状がある)ことから、安い家賃での借り手しかいなくなり、結果外国人や低所得者ばかりが集まる人気のない悪循環へと陥いる。こういった建物が賃貸市場の激しい競争に勝ち残っていくには、省エネ・総合改修が不可欠である。(それには)「エネルギー的な改修と同時に新しい建築言語を与えること」であり「建物は町の景観や人々の故郷像の一部ですから、改修は構造技術的な課題であるだけではなく、建築文化的な課題です。ですから既存の外観を壊して新しいものをつくりだすのではなく、本来の構造や躯体の個性が認識できるように注意深く新要素を付け加えることが大切です。改修された建物の持つ価値というのは、古いことがどこかに認識できることでもあるのですから」(同、建築家ハンスペーター・ビュルギさん)その実例は「コルノフィンゲンの集合住宅」などに見ることができる。建物への敬意は、歴史的価値のある建物なら当然のことだが、古びて魅力のないと考えられがちな高度成長期の団地にもむけられているのだ。
ミネルギー改修を促進するツールのこと
「建物所有者の意識を高めるために建物のエネルギー・パスを導入すること」「エネルギー消費が過大な建物に省エネ改修を義務づける対策」。建物のエネルギー・パスとは、建物のエネルギー性能(暖房、光熱費、改修状態)を7段階(A~G)に分けて表示する証書で、賃貸人や購入者は一目で建物の質や暖房費がわかる。EUではすべての建物にエネルギー・パスの表示を義務づけることを決めている。
マイクライメートというという組織のこと
CO2オフセットには、現代の免罪符のようなバーチャルな響きがあるが、マイクライメートに関しては支払った分がきっちりと相殺されていることがわかった。だが、現在のように環境派の市民や組織のみがCO2オフセット料金を支払うのは理想的ではないと思う。本来ならば、飛行機を利用する誰もが支払うべくチケット代に含まれているべきものである。今後の国際的なCO2削減目標の設定において、そうなる日は必ず来るはずだ。その時には、マイクライメートは今日のように個人の顧客からではなく、削減義務を持つ企業そのものから注文を受けるようになる。
ソーラーボート SUN21号のこと
2006年10月16日。秋深まるバーゼル港を外務大臣や市民たちに見守られながら出港した。プロジェクトの目標は、ボートの屋根を覆う太陽光発電パネルから得られる電力だけで大西洋を横断すること。その無寄港航海は29日間続き、2007年5月8日に目的地のニューヨークに無事入港した。ソーラーボートSUN21号は双胴船と呼ばれる二つのボートをつなげた形をしており、長さは14m、幅は6.6m、重量は11tである。スイスのボートメーカーMWLine社の製品で、2002年にスイスで開催された万博EXPO02で来場者を湖上運搬したソーラーボートを原型として、海の環境に適応させるために構造を強化。(乗組員の)5人が生活できるように寝室、キッチン、浴室を設けた。屋根材になっている65㎡の太陽光発電パネル(出力10kw)から収穫した電気はバッテリーに充電され、そこから出力8kwの電気モーターと設備機器に電気が供給される。速度は毎時10~12km、帆船と同じくらいである。ちなみに石油を燃料とした場合、大きなタンクが必要となるため、SUN21号の大きさのボートでは大西洋は横断できないそうだ。エネルギー消費量の小さな水上移動の重要性がヨーロッパでも見直されつつ今日、ソーラーボート技術には明るい未来が待ち構えているようだ。
モーダルシフトという政策のこと
貨物輸送を道路輸送から鉄道や水路による輸送に移行させていくことにより、貨物輸送の環境負荷を減らそうという対策を「モーダルシフト」といいます。スイスがモーダルシフトを進めるのは「省エネ」に関してももちろんだが、一番の大きな理由は、アルプス地方の自然と住民を守ることにあると。たとえば、オーストリアのブレンナー峠のあるチロル州下部では大気汚染により住民の平均寿命が国全体の平均より1年も短いという報告がある。またスイスのゴッタールド峠からミラノに抜ける国境の町キアッソ市では大気中の粒子状煤塵の年平均値が許容値の倍である。というように、美しい風景からは想像できないような悲惨な状況は今日も続いている。スイスの悩みは、アルプスを通過する7割が外国のトラックであり、貨物量においては56%(2007年)がスイスを通過するだけの「トランジット(通過)交通」である点にある。しかし、モーダルシフト政策を実行に移すには、EUの承諾が必要だった。スイス政府はEUに対して、アルプスの狭い谷に道路を増やすことは不可能であり、効率のよい南北物流のためには鉄道へのモーダルシフが必要であることを説得してきた。EUは度重なる国民投票の結果を見て、スイス国民が本気でモーダルシフトするつもりであることを理解した。当時(1998年ころ)、EUとの交渉で一番難しかったのは、トラックへの従量課税を認めさせることであった。スイスは長年守り通してきた「総重量制限の緩和(28tまで)」との駆け引きにより2001年、ようやく「モーダルシフト法」と従量課税の実施に至ることとなったのである。道路から鉄道への手法として三つ。「貨車輸送」「コンテナ鉄道輸送(コンテナごと積み替える方法)」「鉄道高速道路(貨物鉄道にトラックを運転手ごと積み替え輸送)」。
◇◇◇◇◇


(目次)

刊行に寄せて
はじめに

◆CHAPTER1◆
持続可能なエネルギー利用
 国のエネルギー政策
1 二つの10ヵ年計画
2 エネルギー政策停滞期の国民投票
3 炭素税と気候セントの導入
4 再び加速するエネルギー政策
Topics 電力不足説と気候温暖化を口実とした原発押売り
 州のエネルギー政策
1 州が先導するエネルギー行政
2 バーゼル・シュタット州のエネルギー政策

 自治体のエネルギー政策
1 エネルギー都市制度
2 シャフハウゼン市の取り組み

 再生エネルギー普及
1 スイスの再生エネルギー事情
2 再生可能な電力の増産と販売
3 先進するバイオマス利用
Topics 「今100」~再生エネルギー普及の新モデル

◆CHAPTER2◆
快適で美しく経済的なエコ建築
 エコ建築が育まれる土壌
1 サスティナブル建築とは?
2 100年建築の伝統、快適性を追求する建築文化
3 1985年のエコ建築、一戸建てマーグ邸
4 2000年のエコ建築、集合住宅サニーウッド
5 サスティナブル建築普及のための人材育成戦略
 省エネ建築を普及させる
1 法規で定められた断熱設計
2 人気の高い省エネ基準「ミネルギー」
3 省エネルギー住宅の熱源、設備
4 2000W社会の建築を目指して
 健康と環境を守る建物づくり
1 総合的な視点から判断されるエコ建材
2 建材会社ガッサー社のエコオフィス
3 国・州・市の先導する環境性能評価「エコ・バウ」
Topics ハイテクと伝統が生む木造建築の新構法
 次の50年を見据えた省エネ改修
1 省エネ改修で不動産の価値を上げる
2 国・州の省エネ改修の促進対策
3 1960~70年代の団地改修
4 省エネ改修を増やすための今後のビジョン

◆CHAPTER3◆
クリーンで便利な交通
 自動車交通のエネルギー消費量
1 サスティナブルな交通への険しい道
2 自動車の省エネ政策
3 市民にとっての省エネ車
4 未来の車は?
 公共交通とカーシェアリング
1 公共交通天国スイス
2 カーシェアリングのメッカ
Topics 気候に負担をかけずに飛行機に乗ろう
 歩行者と自転車に優しい交通
1 自治体の交通移動コンセプト
2 交通需要を減らすモビリティ・マネジメント
3 車を締め出す観光戦略
4 スロー交通を観光資源に
Topics 世界初、ソーラーボートで大西洋横断
 貨物交通のモーダルシフト
1 先進的なモーダルシフト政策の誕生
2 モーダルシフトを促進するツール
3 モーダルシフトの実効力を高めるために

スイスの経験から
あとがき
主要参考文献・ウェブサイト


(参考)