2012-11-16

地名の謎。

その土地に
古くから伝わる「地名」には
その場所の暮らしや地形を
理解するための「手がかり」が隠されています。
中学生のときより、
国土地理院の地形図に親しみ、時刻表を愛読してきた
今尾恵介さんは音楽出版社を経て、
「フリーハンド地図製作者・フリーライター」として独立されました。
以後、
イラストマップの製作、地図・鉄道関連など、多くの著作を著されています。
本書もそのなかのひとつで
「地名」からその町の背負ってきた歴史などが読み解くことができていた時代が
少しずつ失われつつある近年の「地名事情」を
地図に精通した著者ならではの記述表現で
紹介されています。

◇◇◇◇◇
行政改革の世と言われる。お役所も合理化の例外ではないとの声が高まり、それに伴って地方分権の受け皿としての自治体強化が叫ばれている。それにはまず合併、という流れが加速してきた。実際に全国各地で市町村の合併構想が語られ、次々と新自治体が誕生している。ところが気になるのが合併後の名前である。東京都の田無・保谷両市が合併して誕生したのは西東京市であった。新市名決定の詳細は本書をお読みいただきたいが、結局は地元の地名とは無関係の、東京二三区の西に位置するというだけの意味しか持たない市名となったのである。そもそも地名は、二人以上の人間のいる所には場所を認識する共同の符丁として必ず生じたとされ、もちろん人の住んでいない所にも地名は続々と誕生したはずだ。だから日本にある地名の総数は、現在使われていない字の地名を含めて数え上げると、一説によれば数千万から億単位になるという。最初は地形の特色を表現するなど、素朴な命名が行われていたのだろうが、時代が下って社会が複雑さを増していくと、不動産の値上がりを念じてイメージの良さそうな地名を創作する人が出てくる。有名な地名を借用したり、印象の良い漢字に変えたりする。もちろんこれは近現代だけではなく、「地名には好字を用いよ」と奈良時代の和銅年間にすでにおカミが命じたりしていたのだが。このように地名は素朴なものばかりではなく、希望や打算のハッタリや何やらが渦巻いていることが珍しくない。とはいえ地名が自然発生的な健康的なものでなければならない、と断じることはできないだろう。それでも、平安時代以前から長年受け継がれてきた由緒ある地名が、一片の役所の通知で「中央一丁目」みたいな空疎なものに改名される昨今の風潮を認めていいものだろうか。さまざまな地名にまつわるエピソードを中心に、その背後にある人間社会に目を向けながら現代の日本の地名の置かれている状況を浮かび上がらせてみようと試みた。「地名は過去と現在を結ぶ糸である」とは、私が地名関係の本を書く際に何度も繰り返してきた言葉だ。ワンパターンで恐縮なのだが、やはり強調しておきたいのは、歴史は地名という「見出し」があってこそ現在につながる、ということだ。あまり深い考えもなく流行に乗って無責任で根拠のない地名を乱発していい気になっていると、遠からず先祖の遺した文書を見ても「おらが村の文書」であることさえわからない日が来るだろう(本文より)。
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伝統文化を守るだけが
京都市民のくらしではないのは当然としても、
せめて地名だけでも他の月並みな都市の
マネをしないでほしい。



(目次)

まえがき現代地名はどこへゆく

地名を見れば歴史・風景が読める
地名を見れば地形がわかる
読み変えられていく地名
なぜ飛鳥がアスカなのか
誤記・誤読で変わっていく地名
空間をとびこえた地名
渡米人にちなむ地名
「語尾」で歴史が読める
漢字で見る地名語源の手がかり
各地に息づく魅力の地名
思わずうなる、いい地名
変わりゆく北海道の地名
江戸の香りの残る町
京都の町名は歴史のかたまり
独自の文化を伝える沖縄の地名
有名な山・川・湖の名の由来
人の営みが地名を変えた
トヨタ・鋼管・ヱビス・サントリー
「市場」の論理が優先する?
空港・新幹線・公園という地名
「由比ヶ浜」と「由比ガ浜」はどちらが正しいか
なぜ読み方がこんなにむずかしいのだろう
苦心サンタンの新地名事情
だれが地名を決めるのか
地名保存の風向きはどちら?
新地名9つのパターン
ひらがな地名はこうして誕生した
数日、数ヶ月の短命に終わった地名
郡名は消え去るのみ?
整然とした地名はお好きですか
数字地名のあれこれ
わかりやすいが味気ない
ナンバリング地名の謎をとく
寄らば大樹の東西南北
方角の付いた地名はいろいろあるが......
日本列島をつなぐ点と線
いわき駅誕生ものがたり
正式名称では誰もわからない
珍バス停のはなし
全国に二四箇所もあった明治村
都道府県名の起源

珍しい地名あれこれ

ちくま文庫あとがき-その後「日本の地名」はどうなっているか
解説 今尾地図本の魅力 泉 麻人
参考文献
索引


(参考)