2012-06-24

宮脇檀の「いい家」の本。

「ハウツー本」ではありません(笑)
PHP文庫創刊20周年にむけて文庫化された
2004年8月18日初版
本です
1982年から1997年にかけて書かれた
「既刊著作・雑誌論文・随筆」
などを整理・再編集したものに
宮脇檀自身の手による「加筆、修正」のうえ、新たに書き下ろしが加えられたものです
この本は
『住むということ、その道具としての住宅』
について
『多様で複雑な(この道具についての)存在をあらゆる面から切り取り、分析し、語る』
ことによって
『一般の人たちに住宅設計者という立場から生活しやすい家を語るという方法もありゆる』
建築家・宮脇檀の住宅設計者として培ってきた「経験と智慧」が書かれています

しかし
その内容は「家」という単体にとどまらず
その集合体となる「街」や、一般の人たちがもつすまいへの「意識」という部分にまで立ち入り
とても奥深い示唆に富んだ本です

それは
1998年10月21日にこの世を去る時までの「建築家・宮脇檀」という人間の「暮らし方」を
描いた本でもあると感じさせてくれています

ボクにとっては手元に置いて
「折にふれて読む」という「すまいの教科書」ともいうべきものですが
現在わたしたちの「すまう」という意識について考えさせられた部分を
最後に、少し抜粋しておくことにします

◇◇◇
昔結婚していた頃、ちょっと女房には言えないこと、言いにくいことをした夜など、軽い帰宅拒否―正しくは恐怖症―があったのは事実だが、じつはわたしは家が大好きな男、なぜ帰宅拒否症などというものが存在するのか、まったく理解できないのである。家が好き。昔の女房に「どうしてあなたは仕事が終わるとすぐに帰ってくるの?どっかよそで飲んだり遊んだりしようって思わないの?.......」と半分嬉しそうにからかわれ、「いや別に......男が家に帰ってくるのは女房を愛しているからって訳でなくて、そこに帰ると自分のなじみのものがいっぱいあって何となく心が安らぐからよ」と答えて「すると、わたしは単になじみのモノのひとつということなのね」と機嫌を悪くされたのを覚えている(こういうのが積み重なるのが離婚の原因なんですよ―ゴヨウジン)。
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日本のような亜熱帯の国では、夏のある時期はかなり暑い。文明が発達して、その暑さをエアコンディショニング、クーラーで処理するようになってしまっているけれど、ほんとうにそれでよいのかどうか。プランニングをちゃんとしないで、つまり、昔ふうに通風がちゃんと取れるプランニングをしないで、できなかった部分を機械でカバーしてしまうような最近の風潮は、考えものである。プランをちゃんとつくれば、関東であれば南南東、関西であれば南南西の夏の恒常風を取り込んで、夏でも風がよく通る家をつくることは可能である。風さえ通れば、高温多湿の多湿の部分はかなりカバーされるから、日本の夏でも過ごしやすくなるはずだ。風速一メートルで体感温度が一度下がるというのは山登りをしていたときに習ったっこと。想い出してみると襖をすべてあけて風のふき通る部屋でした子供の頃の昼寝の気持ちよかったこと。そういう記憶があるから、その快適性がもう一度欲しいのである。
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街のスケールの小さな集落や、京都、金沢などの古い都市に昔から住んでいる人を除いて、ほとんどの日本人がこんな考え方(「人が住む都市」ということに対して、「都市」への「住」という価値観の違い)をしていて、それが当然だと思っているけれど、じつはこの考え方は世界的にはそれほど一般的ではないのだ。日本人と同じように、都心で働き、仕事が終わったら郊外の緑に包まれた家に帰るのが理想と考えているのはイギリス人と、その理想を現実にできる広大な緑地を都市周辺にもているオーストラリアとアメリカ人―つまりアングロサクソン的思考―である。ヨーロッパ(ご存知のようにイギリスはヨーロッパでないことを誇りにしている国)も、ラテン系の人たちは都市に集まって住むことが大好き。長い戦乱の歴史のなかで、城壁で囲った街にギッシリと密集して住む都市人(ブルジョワジーという言葉は、本来はブルグ―城壁―のなかに住む人の意)と、城壁の外側の農民に分かれ、もっぱら都市人が文化と政治を取りしきってきたこの文化圏では、都市とは人がたくさん住むところであり、たくさん住む人に対してのサービスとして商業や娯楽が都市に用意されるものであった。
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◯◯馬鹿というのはどんな分野にもいるけれど、自分は建築やっていますので、旅しても建築しか見ませんとバカげたことを自慢しているやつがいる。風景はすぐれた教科書であり、建築があらゆる時代や社会の技術、風俗、生活、文化を凝縮したものであるとしたら、そうした目で一生懸命見つめればそれを生み出した背景を風景のなかから見つけ出せるはず。現地にいったら現地の飯を食う、現地の酒を呑む、人びとの遊んでいるさまを見る、自分も遊んでみる、現地の歌を聞く、歌ってみる、踊ってみる、現地の着物買う、着てみる、街頭の店ひやかす、買物をする、屋台でつまみ食いをする、映画館に行く、神社・教会にお参りする。とにかく、現地の人がすることをする。すべては、何らかのかたちでその土地にそのような建築が建っていることの背景なのだから、触れるものが多ければ多いほど理解は深まると思ってやってみる。
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富山県のほうで、住宅地をつくったとき、住宅はいかにあるべきかというシンポジウムを併せてやりました。そのとき、土地のお爺さんが一人立ちあがって、そもそも戸建て住宅というのは自分の領地に自分のお金で自分の好きなように自分の城をつくることであって、たかが一人の建築家の思いつきで支配されてなるものかと発言しました。その住宅地は共有地があって、壁面の位置制限があって、屋根の色はどうで、いろいろな約束があって、かなりいい住宅環境にできたのですが、それが嫌だというのです。彼はじつに見事に正直にいったんです。何で東京からきた人間が、壁面後退一・五メートルだとか二・五メートルだとか、屋根の色は無彩色だとかくだらないことをいうのかと。それは圧倒的に全日本人の常識です。日本人がそう思っているのは、たぶん戦後のことですが、そういう人たちが家を建てて、そういう人たちがああいう百鬼夜行の住宅をつくっているんだということです。
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これは、わたし(宮脇檀)の持論ですが、都市に住むことをやめて郊外住宅に住むようになったおかげで、住宅産業が維持されているのではないのでしょうか。日本人で家に帰ってから映画観に行く人がいるでしょうか。いやしません。なぜかといえば一時間か一時間半、たしか七〇パーセントが三十分以上かけて通勤しているからです。つまり、土地が遠隔化する。遠距離通勤することによって日本人の生活というのは、したいことができないある不思議なかたちになっていることにわたしたちは気がついていないのです。そいうことが、わたしたちの文化とか生活をかなりゆがめているということに、気がつかないといけないと思います。ついに新幹線通勤というものまでが出てきました。昔は新幹線で通勤するなどということは夢にも考えませんでしたが、現在は当たり前になってきて、会社も平気で定期を出すようになったようです。どこか狂っていると思うのですが、その辺のことをそろそろ考え直す時代にきているのだろうと思います。
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民族として健康と文化を愛しているのは、ギリシャ民族とアメリカ人だけであると。(アメリカ人は)住む場所の遠い郊外と、働く場所の都会とがあって、間が離れているからフリーウエイで結び、それを自動車で通勤する。そうして、アメリカのライフスタイルができてきたのです。郊外に住みたい、そこで健康で文化的な生活をしたい、働くために都市へ通う、そのために自動車道路がいる、こういう発想です。その点から考えると日本は全然違います。都会に工場や会社がある。だからそこに行く。後は放ったらかしだから土地を探したけれど、ないからどんどん遠いところへ行った訳です。自分の土地が、収入で買える土地が遠いところにしかなかったのでそこに住む。そこがどういうところであるかというと、みんながくる訳ですから緑が少なくなり、健康的でもありません。それで、後から利便施設が追いかけてきます。最初にコンビニが、それから大型スーパーが追いかけてくるケースが多く見受けられますが、それまでは何の施設もありません。すべて人間が先に張りつきながら、非常に悪い状況のなかで生きていて、それが成熟してくると、そこにインフラが追い着いてくる。これが日本の郊外の住宅地の顕著なパターンです。人が二十四時間住んでいて、二十四時間歩いていることで、街というのは成熟して豊かになっていきます。寝るだけに帰るというのは街ではありません。ところが、いまの日本の郊外住宅地はそれだけの場所になっているのです。
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日本人に強い、表裏意識というものがあります。これは大学の学生を使って調査したことがあるのですが、敷地があり、家があり、門があって玄関があると、たいていの家の前に美しいものが全部あります。醜いものというのは全部家の裏にあります。これはじつに見事です。これがじつは南側正面の家を、非常にうまく成立させている理由でもあります。日本人は自分の表に関しては比較的汚いものは出さないという習慣があるからです。この場合、最大の問題点は北側道路です。北側道路を調べていると面白いですね。表であり裏でありということですから、玄関廻りは、きれいなものを置いても、どうしても勝手口廻りには汚いものが出てきます。ですから、変な感じで北側道路側の風景ができます。
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南入りの家でも裏に家が建っているので、その家からすると五~六メートル前に隣の家があります。リビングの前に隣の家の決して美しいとはいえないものが並んでいるのです。その家に住んでいる人にとって南は、表ですから自分の庭はきれいにしています。その奥に隣のゴミがズラッと並んでいる訳ですから、両方の家は必ず喧嘩になります。ふつう設計者は、裏に住む人のことを考えて北側の外観をつくるか。考えていたら絶対そんな設計しません。これを配慮して、裏からは直接窓が見えない外観を考慮した家をつくっているのはディベロッパーだけです。なぜかというと表も裏も同じお客さんで、両方の人からお金をもらっているからです。だからどうしても変な家をつくる家をつくる訳にいきません。しかし、一般には、その家を少しずらすと、裏の家のここにお婆ちゃんが住んでいて、お婆ちゃんの部屋に日が当たります、動かしませんかっていっても、絶対動かしません。少し下げて軒を低くして、この人のところに後三十分余計に日が当たるようにしませんかといったって、絶対わたしは高い屋根が好きよといっておしまいです。周辺の人のために、家を考えるというおもいやりがないのです。
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日本には「借景」という意識はあるけれども、逆に相手から見られているという意識が少ないようです。ヨーロッパ人たちやファッションモデルの歩きかたがきれいなのは、見られているという意識を持って歩いているからです。日本人で、見られていると思って歩いている人はどれだけいるでしょうか。ほとんどいないのではないか。女でも男でも、日本の家も、もう少しみんなで汚い醜いと言い合って批評すればいいんですが、そうしません。
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分譲中のある団地を昼間に見て、夜にもう一度見に行って新たな発見がありました。外壁の色が消えますと、シルエット、勾配、軒高、棟高全部同じなのです。昼間は、色彩や仕上げで百花繚乱に見えるのですが、夜に遠くから見たら全部一社の団地に見えてしまうのです。先日、某社の専務と一緒に分譲地に行ったら、自分のところの建物がわからないのです。基本的な住み手の要求が均質化していることと、それを、マーケットリサーチと称して表層的にまとめあげて、責任を持たないシステムで決定して、家をつくる結果、皆同じような家になるのだと思われます。この百鬼夜行性と妙な均質性のミックスが、現在のいちばんの問題だろうと思います。それとほかの産業と似て住宅産業が、消費者のいろいろな要求に応えすぎると思います。お客に媚びていわれるままに家をつくっていたら、いつまでもよくはならない部分があると思います。設計をする人間はプロなのですからお客よりものをよく知っているはずです。そういう意味でいうと、わたしは、わたしたちがほんとうにこのほうがいいんだと思うことをもうそろそろはっきりいうべきだ、と十年もいっておりますが全然変わりません。
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日本の風景をつくる責任があるということが、わたしが街づくりを進めている最大の理由ですが、その街づくりも、たぶん最後は家づくりに行き着きます。今は一生懸命木を植えて、家を隠したりしていますが、所詮は木を植えてもしょうがない話です。やはり目に入るものは八〇パーセント家です。家がやはり環境をつくる。そういう意味では、家をつくる皆さんの責任は、風景をつくる責任者として、かなり大きいことは間違いないでしょう。
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日本のほとんどの都市や街がそうであるように、古い秩序や歴史的なストラクチュアをまったく無視して新しい建設が行われているとすれば、そこがどれだけ歴史的に古い街であっても、歴史的町並みということはできない。歴史的町並みとは、時代の要請に基づく建設が、いつも古いストラクチュアを踏まえて行われる、そんな街をいうのだということを忘れないようにしたい。
◇◇◇


(目次)

まえがき

序章
家は何のために
はじめにイメージありき
イメージと現実のズレ
家は何をするところ?
建築は家から始まる

Ⅰ章
不可思議な部屋たち―実感が欠落した部屋
リビングルームで何をする
だんらんはさまざま
子供に子供部屋はいらない
書斎の不思議
ダイニングキッチン登場と退場
システムキッチンのシステムとは
“システム”にならない日本のシステム
オープンキッチンの罪と罰

Ⅱ章
男と女が住む家は―男が放棄した“女の家”
会社に住んで家に通勤している男たち
主婦たちのミステリアスな午後
主婦たちから習ったこと
女の家化した日本の住宅
男の椅子を選ぼう
高齢化社会の落とし穴、二人きりで過ごす二十年
家は宝島であることを男は知らない
家事は楽しい
手抜きが支える男の家事

Ⅲ章
街に住もう―なぜわたしたちは郊外に住んでいるのか
都市居住と郊外居住
都市は人が住むところ
都市が生む市民意識
都市の楽しみを味わう
わたしが都心にこだわる訳
持ち家思想からの脱却
なぜ、借家が消滅したのか/借家を増やすために国がやるべきこと
都市ではすべてが共有される
都市に住むある提案

Ⅳ章
旅で出会った町並み―風景は人がつくる
旅でえるもの
憧れのインド
レゾートホテルのある姿
ロスのライト
マーサーズ・ビニヤーズ島の建築コード
宮脇流旅行術指南
そのつもりの旅をする/見ようと思うものしか見えないこと/行く前に徹底的に調べる/行動も大事な旅の部分―寝るな、しゃべるな、本を読むな/現地情報は絶対/とにかく高いところに登って観ること―アーバン・テクスチュアの確認/地図を買う、なぞる、つくる/インフォメーションセンターの見つけかた/人の二倍走れ、二倍見える/記録の採りかた―手に覚えさせる/建築だけ見ている馬鹿/けれど、所詮、旅人は旅人
ガレキに花を咲かせましょう

Ⅴ章
美しい町並みをつくろう―美しい街はできる
日本の貧しい住宅地風景
人の住むところが都市/日本の住宅地は今
家の個性と町並み
わたしがつくった街は
❏アメリカふうの家に日本人が住む
どうして日本の家はこんなになったか―戦後の日本住宅史/どこまでもバラック化する家/アメリカへのあこがれ
❏なぜ四十過ぎたら戸建住宅
住宅の質を決めるもの/土地・住宅への異常な所有欲
❏風景をつくる責任
土地供給者と住宅地の在りかた/街づくりの意識
❏美しい「風景」とは
日本人の住環境意識/住宅の売り方と「環境」/道路の認識の仕方
❏そろえるものそろえないもの
官と民との「中間領域」
❏共有地を持つ
クルマが大きな問題/団地の諸施設/家と付属物/コモンについて/街の管理/美、環境、われわれの時代
生き続ける街

<column> 建築家の目
ソファ ― 大きな座布団
玄関扉はなぜ外開き?
収納の怪
キッチン ― 「食卓側に流し」のナゾ
キッチンの泣きどころ、ゴミ
食器戸棚はガラス張り“倉庫”?
コレクション ― 二十世紀の椅子たちよ !!
家は呼吸する
公共建築のおざなりな発注
樹とともに
建築であった石や土をコレクションする
ネパールの女たちよ

(参考)