2012-06-12

石油に頼らない。 ~森から始める日本再生~

森林国、ニッポンにできること
この本には日本の林業をほんとうに復活させようとしている人たちが集まっています
そして
「日本林業の課題」と「再生への道筋」
『「日本に健全な森をつくり直す委員会」提言』という提言文のなかに書かれています
その
「提言文」をここに掲載します

◇◇◇
「 日本に健全な森をつくり直す委員会 」 提言
石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために
2009年9月18日


構成メンバー
委員長
養老孟司(東京大学名誉教授)
副委員長
C・W・ニコル(作家)
委員
(五十音順)
天野礼子(アウトドアライター)
尾池和夫((財)国際高等研究所所長・前京都大学総長)
梶山恵司(富士通総研主任研究員)
竹内典之(京都大学名誉教授)
立松和平(作家)
田中保(田中静材木店代表)
藤森隆郎((社)日本森林技術協会技術指導役)
真下正樹(技術士・森林部門)
山崎道生(㈱山崎技研代表)
湯浅勲(京都府日吉町森林組合)


はじめに
20世紀は「石油の時代」だった。しかし、現在までに産油国の約60か国がすでにピークアウトしている。石油がピークアウトすると、日本の森林(もり)は消えてしまう心配がある。江戸時代には燃料として猛烈なスピードで木が伐られたため丸裸の山が日本各地にでき、川に水害を繰り返させる要因となっていた。日本人は何でも徹底的にやってしまう。だから私たちは、森林(もり)を使い果たして滅びた文明が繰り返した愚を犯さないよう、「石油が使えるうちに石油を使ってやらなければならない技術開発はやっておき、森が消えないように、どのように森を保全維持管理しつつ森に生かしてもらうか」を、今のうちに考えておこう。一方、「温暖化キャンペーン」が世界中で繰り広げられているが、「石油の元栓をしめろ」と政治のリーダーたちの誰一人言っていないのはおかしい。我々、「日本に健全な森をつくり直す委員会」はそれを言い始めることにした。せめて1年に1パーセントずつでよいから、日本中で石油使用を減らそうではないか。賢明な政治家は、これに今すぐ取り組んでほしい。そして国民も、「石油の使い方」を一人一人が考えよう。我々「日本に健全な森をつくり直す委員会」は、石油使用を減らしながら、今は豊富な自然エネルギーである“森”をこれからはもっと大切に使わせていただいて、「林業を業(なりわい)とする森林国」として生き、世界からも尊敬を受け得る国となるための努力をすることを、わが国および国のリーダーたちに提言したい。私たちの日本列島は、四つの海に囲まれ浮かぶ“緑の列島”であってきた。海から立ち上がる豊かな水蒸気が、今も国土の3分の2もの森林率を誇る森を残してくれている。古来より祖先たちは「木の文化」といえる文明をつくり出し、精神の拠り所である神社・仏閣も、住居も共に木で造ることを好む国民として生きてきた。現在国内で使用している木材のうち8割を外国産材に頼ってまでも木材を使っている現状は、わが国民が「木を好む心」を自ら知らず知らずに持っているからだろう。しかし、これだけの森林資源がある状況を生かす努力が、今までは足りなかったのではないか。我国の林野行政は、明治維新時にドイツの経済効率一辺倒の森づくりを模倣した。戦後の復興期から高度経済成長期にかけては、木材需要の増大に対応するために大径木の広葉樹天然林や、50年生以上の針葉樹人工林をほとんど伐ってしまった。いそぎ大造林が行われたが、それがまだ成長期にある間に売却できる木材が少なくなり、外材を大量に輸入するという産業システムをつくり上げてきて、現在までの“日本林業不在”の年月があった。これまでは年間1億~8000万立方メートルの木材使用のうち8割ほど外材を補ってきた数十年であったが、戦後の造林材が今は使い頃に育ってきており、この機に森林(もり)とのつきあい方を大きく変革すれば、森林率にふさわしい「森林立国」に立ち帰ることができるだろう。日本人には、「手入れの思想」というものが備わっていたと思う。里の近くに雑木林をつくり、熱源にしたり、落葉は畑の肥料にしたりして、何ひとつ無駄なく使うために、日ごろの「手入れ」がよくなされていた。それを見て100年後に西欧人は感心してくれ、アフリカの人が今、「“もったいない”を思い出して使え」と教えてくれている。私たちは、本来の日本人に立ち帰ればよいのだ。そのためにも、「森へ向かおう」。日本の森林は今、これを将来にわたって持続可能な形で利用してゆくことができるのか、それともこのチャンスを逃すことになるのかの瀬戸際にあり、日本国民は早急に行動に移らなければならないと我々は心得る。
◇◇◇

「日本に健全な森をつくり直す委員会」

永久委員にもなられている作家の立松和平さんへ
この提言書を
当時の首相・菅直人氏に渡したという報告を
アウトドアライターの天野礼子さんが報告すると「一通」の返信が
返ってきたといいます
そこには、こう書かれていました
『「日本に健全な森をつくり直す委員会」の一員であることに
誇りを持っています
私をこの委員会に誘ってくれて、ありがとう。』


天野さんはこの「一枚のファクシミリ」を読みながらこう思ったそうです
『こういった急速な改革時は
ともすれば小さな視点を見失いがちです
山元でいま生きている人達が
高齢であり、弱小であり、古い技術しか持っておらず
情報も届きにくいことに
国民全体が最大の気配りをしてゆくことを忘れないでほしい』
そしてこの改革に携わる
政府・官僚等関係者には
この立松和平さんの『言い遺したこと』このことばを
「心して」取り組んでほしい
と結んでいます

(目次)

はじめに
林業が、新政権のテーマになるまで
(アウトドアライター)
“林業再生”の始まり
「日本に健全な森をつくり直す委員会」の結成
「提案書」づくり
国家戦略局室と梶山さん

第1部 日本の未来と森づくり
第1章 石油がなくなるまでにやるべきこと
(東京大学名誉教授)
石油が20世紀の歴史を左右してきた
「温暖化キャンペーン」を疑う
ピークアウト後の「森の使い道」
第2章 森―日本の文化を支えるこころの器として
(作家)
日本の山、おもいつくままに
自然の森の更新
伊勢神宮の遷宮を支える思想と森
法隆寺を作った鬱蒼とした森の文化
「古事の森」―木の文化を継いでいくために
足尾の植林―ともかく木を植える
「森林デフレ」から脱却するために
第3章 僕が日本からもらったもの、日本で僕ができること
(作家)
出会いは空手
「日本が一番好きだ」
“神々の国”の裏切り
縁が甦っていた、南ウェールズ
森は回復できる

第2部 林業再生へのたしかな道筋を
第4章 現場から見た山の現状と再生への道筋
(日吉町森林組合参事)
荒廃しつづける森
高度成長と林業の衰退
ヨーロッパの林業を支える機械
場所に適した作業道を
日吉町森林組合が取り組む「森林施業プラン」
道づくりから間伐、森の管理まで
森のためにやってはならないこと
やらなければならないこと
森林組合は本来の仕事にもどれ
山の現場を知る人材育成は急務
”人工林の再生”が、日本の未来を変える
第5章 ヨーロッパ林業に学ぶ「林業国家」への基盤づくり
(内閣審議官)
200年の林業経営の歴史を持つヨーロッパに学ぶ
日本林業の衰退は、外材のせいではない
「育てる」から「利用する」へのパラダイムシフト
林業は先進国型産業
ルール整備と森づくり
森林の現況把握が不可欠
小規模所有者へのサポート
効率性の高い林業機械の導入を
林業機械と路網の組み合せ
「日本林業再生」への課題と夢
第6章 全国の林業事業体を歩いて―持続可能な社会の構築に向けての提案
(日本森林技術協会 技術指導役)
持続可能な社会に向けた森林
ビジョンがない事業体
目標林型を定める
若く技術力の高い人材を育成するには
失敗から学ぶ林業再生

第3部 私たちの提言
「日本に健全な森をつくり直す委員会」提言
石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために
はじめに
提言 石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために
提言の背景
私たちの遺言 日本に健全な森をつくり直すために
藤森隆郎(日本森林技術協会 技術指導役)
竹内典之(京都大学名誉教授)
人間と森林との関係の大切さ
日本の自然と森林
「森づくり」のビジョン
これまでの歩み、現状と問題点
「森づくり」のための基礎知識
森林の管理・施業技術
林業経営
経営者・技術者の育成
行政に求められること
国家百年の計に向けて

特別寄稿
「森林・林業基本法」を一からつくり直すために理解すべきこと
(京都大学大学院農学研究科准教授)
問題の所在―グローバルな資源転換と森林政策―
「林業基本法」の時代と市場問題
90年代における政策の混迷
「森林・林業基本法」の何が問題か
新しい「基本法」のあり方

おわりに
立松さんが言い遺したこと
天野礼子

執筆者プロフィール

資料編
森林・林業再生プラン~コンクリート社会から木の社会へ~
(農林水産省)




(参考)


日本でも林業には500年の歴史があると言われますが、日本の場合は奈良県の吉野など、一部地域に限られています。日本で全国レベルでの植林が始まったのは明治以降のことで、本格化したのは戦後100年にも満たないのです。そんな我国は「200年の林業経営の歴史」を持つヨーロッパに学ばなければなりません。戦後の日本林業は、高い材価で実力以上の木材生産を行い、楽して儲かった。人力で木を伐り出してもなんとかなったために、経営改善もせずに経営が厳しくなってくると外材のせいにしてきてしまった、極端に言うとそういうことになります。いままでの日本の森林(もり)は「50年生以下」の木が8割近く占めていたことから「育てる森林(もり)」でした。その木がいままさに「材」としての「林齢」となってきているのです。これからは、「木材利用の森林(もり)」「保育の森林(もり)」へと変化していかなくてはいけない、日本林業再生となるときなのです。


《日本林業の課題》
◇◇「事業体(森林組合など)」=「日本の森林」=「林業」の課題でもある◇◇

事業体の幹部に事業体の使命と経営の理念が見られない。経営のビジョンが乏しく、森づくりのビジョンが見えない

経営と森づくりのビジョンが乏しいために、場当たり的な作業と経営の繰り返しである

機能区分別のゾーニングができていない

事業体の現場の技術者が正規の職員ではないなど、まともな扱いを受けていないところが多い

生産性を高めるための機械の選定と作業システムの構築、道作り技術の向上などが緊急の課題である


《養老の名言》
石油の値段は、供給が止まった瞬間から高くなります。のんきな顔をしているのは、日本人くらいでしょう。木を売って産業を本気に考えるのであれば、インドや中国と手をつながなければなりません。どうでもいい物見遊山に使う石油はもうすぐなくなります。日本に残るのは、森という資源環境です。石油があったから森を放置しておけました。石油のおかげで森の貯蓄ができました。日本の森は石油のおかげです。その使い道を急いで考えなければならない時が来ていると思います。


《ニコルの直言》
僕たちは、100年先、200年先に誰かが歩いたら「これは原生林だな」と思ってもらえるような、生物の多様性が豊かな森を作りたいと考えています。それとともに、どれくらいの恵みを森からいただけるかについても、記録していきたいと思います。森の手入れにはいろいろな方法がありますから、ニコル・松木方式でどこでもやれとは言いません。ただ、「森は回復できる」ということは知ってほしいと思います。森には“汗”が必要です。“知恵”も必要です。もうひとつ一番大きなもの、森には“愛”が必要です。森に愛をあげたたら、もっとたくさんの愛を返してくれる。僕は今年(2010年)で70歳になりますが、そのことをますます感じています。


《立松の遺言》
大修理をするにも、日本にはもう木がありません。いま木を植えれば、300年後、400年後には芯去り材を使った完全な柱は無理にしても、直径1メートルぐらいの大径木はとれるのではないか。こう考えて私が提唱し、林野庁と一緒に国有林で始めたのが、「古事の森」です。「古事の森」の取り組みは、文化財の修復のためによい材をとろうというものです。林業は、たとえば一本のスギが伐採できるようになるために、60年かかる世界です。即効性はありません。林業で人が働けるようにするには、技術以前に「森のデフレ」を止めることだと思います。それには、林業を成り立たせる全体の仕組みが必要だと思います。たとえば、森の所有者が「伐る」と言ったら、誰かがそれを請け負ってお金をもらえるような仕組み、それでもあまった分は所有者に払えるような仕組みがあればいいのですが、そういう社会システムがほぼなくなっているから、森を守ることがとても難しくなっているのだと思います。このように産業と結びつけていかないと、ただ森をきれいにしようとしても無理でしょうし、いくら国土を守ると言っても、産業としてまわっていくような仕組みがなければできるものではありません。人が使っていく山、人と接触していく山が大切であり、そうした山が、やはり私たち日本人の“美意識”にかなうのだと思います。


“木の家づくり”から林業再生を考える委員会 国交省

以下、『住まいネット新聞びお』より


吉野材によるマンションリノベーションを通じて

火の話 その2 家で火を愉しむ

対州檜は使えるのか?森里海連環学実践塾in対馬レポート

対馬から“林業再生”を考える森里海連環学実践塾レポート

もうひとつの「成長戦略」!!首相官邸での「成長戦略説明会」に参加しました。

下を向いて歩こう!ドングリ拾いのススメ

対馬の原生林に、日本列島の原郷を見た。

智頭の山へ、出雲の野へ 第6回森里海連環学実践塾の記録

ニホンミツバチの島[対馬紀行その二]

玄界灘に浮かぶ対馬に、古代の森と、今の森を見に行く

私たちは、近くの山の恵みを活かして、地域らしい表情を持った家を建ててきました。

私たちは、緑の列島に、木の家を建てて、住んできました。

緑に覆われた列島と、漆黒の宇宙に光り輝く列島と。

落ち葉の始末【益子義弘】

200年住宅って何なの?

遙かなる山の、遙かなる取り組み

田中哲司の「森のかけら」

三澤康彦の「木のカタログ」

わーい、日本一だぞー!