2012-03-06

里山の少年。

野山を駆け巡った「少年」のエッセイ
ボクの記憶が正しければ
「里山」
という言葉を一般にしらしめたのは
今森光彦さんがはじめてなのではないか、とおもいます
今森さんは、滋賀県大津市に生まれ育ち
26歳のときに写真家として独立、その4年後
琵琶湖・近江八幡の対岸、仰木という場所に拠点を構えます
このときのエピソードが本書の巻末に紹介されていますが
この地での活動開始がのちの今森さんの「自然と対峙する写真作家」としての
運命を決定づけたともいえる、できごととなったのです


その「里山の少年」が駆け巡った自然が
鮮明な画像として蘇ってくるような「文」と「写真」を生み出した場所のこと
今森さんらしい描写として
つづられているいます
以下に少しだけご紹介をさせていただきます

◇◇◇

探しに探した末に縁あった土地は、ほとんどがヒノキ林だった
私は、何の迷いもなく伐採することを決意した
土地を分けていただいた西村さんに
ヒノキの代わりに
コナラやクヌギを植えることを話すと
西村さんは眉を寄せてどうも解せない、という顔をしていた
地元の人たちにとっては不思議な行動にとられてもしかたのないことだったが
当の本人にとっては、真剣な撮影フィールドの基盤作りだったのである


撮影地の真っ只中に足場を築き、居座って自然を見ることができるようになったが
撮影の舞台そのものは、二十年以上前と何ら変わりはない
違いと言えば、より自然が肌に近くなり、継続した視点をもてるようになったことだろうか
たったそれだけのことなのだが、心の片隅にほんの少し余裕のようなものが
生まれてきたことは確かだ
甲高いキジの鳴き声とともに目を覚ますと
露をびっしりとつけた草々が朝の光に照らされて燃えている
水蒸気に煙る遠くの竹林や雑木......。
そんな何気ない風景や生き物が
私の瞳の底にしっかりと陰影を残すようになった
最近は
訪れる野鳥の数も増え、虫の種類もたいへん多くなった
いよいよ、私の期待していた身近な生き物たちが
顔をそろえつつある
これからそんな生物たちの隣にドカッと腰を降ろし
小さな吐息に触れながら、じっくり観察し撮影してゆきたいと思っている


四苦八苦して植え込んだ木々は、すっかり生長した
夏になると、葉がすっぽりとアトリエを包んでしまい外から見えなくなってしまう
アプローチのはさ木も
理想的なこぶの木の形をしてきて実に頼もしい
こんなにあわただしく生命は変化しているのに、ぼんやりとながめる風景は
毎年変わらず悠久の時を刻んでいる
地に根ざした活動のおかげで、生活スタイルは変わり
自分のやるべきことが
目の前にいくつもころがっていることに気づいた
いまから思うと、天から授かった一片の土地は、私にとって
未知なる小宇宙に入りこむための扉であったのかもしれない

◇◇◇

(目次)

早春の散策
消えてゆく瘤(こぶ)の木
レンゲ畑の羽音
雨の日のたんぼ
ヨツボシトンボの池
カブトムシの住む雑木林
白いセミ
仰木の牛
鬼蜘蛛
青い土
人里の主
冬の訪問者
冬のアトリエ
ヒロハノヤナギの並木
水戸の小宇宙
小さな国の神
七十年目の”はじまり”
闇の中の声
三百歳の畦道よ、さようなら
臭いの道
秋の観察会
プランクトン
炭焼きの香り
自然の目を開いて
あとがき
文庫版あとがき

(参考)