さまざまな地図の中で、
私がいつも「遊んで」いるのは、
お役所(国土地理院)の発行する「地形図」です。
(地図は)
誰もが読まなくても、見るだけの人がいてもいいのです。
正直いって、どの地図を買うかといえば、そこへ旅行するから、
などという現実的な理由がある方が少なくて、ただ地図を「絵」として眺めたときに
おもしろいかどうかで(今尾恵介さんは)判断しています。
この「おもしろさ」はその時々によって変わります。
例えばあるときには、断崖が海に迫る入り組んだリアス式海岸にへばりつく
小さな村々の風景が実にいいなあと感じるし、
またあるときには人家がまったくない山中の、「等高線づくし」に喜びを覚えることもあります。
市街地の形がえもいわれず美しい町、
鉄道の線路が描くカーブが心憎い大都市近郊の町が良かったりもします。
天然の蛇行をほしいままにする原始の川が彩る湿原も芸術的です。
地図のおもしろさというのは、その紙の上だけにとどまりません。
地図に描かれる無数の情報としての図形には、人工・自然を問わずそれぞれに
曰く由緒があります。
地図を眺めていて、あれれ、と思ったことを図書館などで調べていくと意外な事実が
判明したりもします。
世界のいろいろな地域の、さまざまな表情をもった地図に接するたび、
地図というものが
いかに「文化を映す鏡」であるかを感じさせられます。
世界のGPSのための座標系を世界標準に統一するのは結構なことかもしれないが、
地図そのものの中身をハンバーガーや自動車やコンピュータのように
世界中を「平準化」させてしまったら面白くないでしょう。
(例えば)地図を、「ことば」に置き換えてみればよくわかります。
国際社会で通用するようにと、英語を日本の準公用語にしようと
提唱している人がいるそうですが、日本語で表現する内容を持たない人が
英語を身につけた途端に、国際舞台で主張ができるわけではありません。
それと同じように、地図だって、
その表現すべき内容が適切に記号化され、
地図のことばに置き換えられて初めて機能するのですから、
ある国の地図はその言語圏に暮らす普通の人(最大の読者)にとって
最良の「表現方法」をとるべきです。
世界各国、各地域に存在する地図は、違うことこそが面白いのであり、
価値のあることです。
一方で、地図のデジタル化は、
これまでは不可能だった極少部数の地図も
需要に応じて作製できる「オンデマンド出版」の方式で、
たとえば僻地でも最新の地図を入手できるようになるかもしれないし、
手作業では非常に困難だった色の複雑な使い方が簡単になったことで、
従来にないさまざまな表現が可能になり、
地図のデザインそのものが大きく変わっていく可能性もあるのです。
「スマホ」の時代になって
私(今尾恵介さん)の仕事がなくなろうが、
誰もが一〇〇年前にアクセスできるのは良いことなのかもしれません。
しかし注意しなければならないのは、
そのようなアプリに付いている
昔の地図からは「不都合な真実」が省かれている、
ということなのです。
戦時中に日本の地形図が「戦時改描」で飛行場を住宅地に、
工場を公園などに擬装した歴史を引くまでもありませんが、
被差別部落などの情報は、これらアプリから意図的に省かれています。
江戸期の地図にしばしば記された「非人小屋」とか「穢多村」などの区域はもちろん空白。
地図を改作するのは昔のこと、
あるいは民主主義の国では存在しないと思っている人も多いですけれど、
そうでもないことは、最近の国土地理院の「地図閲覧サービス(ウォッちず)」で
お近くの変電所を視ていただければわかります。
なんとなくポツリと建物があるだけで、その建物には何も表記されていません。
今では送電線もすべて消されており、
その建物が何であるかは現地へ行かないとわかりません。
なぜ隠すのか、を国土地理院の担当者に尋ねたところ、言いにくそうに
「テロ対策......」
との答が返ってきたことがあります。
昔の改描は、もちろん「テロ対策」とは言わなかったでしょうけれども、
敵の攻撃に備えるため、という点では「一緒」です。
衛星から地上の細部まで「のぞき見」できる現在、地図上でこのような「操作」をすることに
どのような意味があるのでしょうか。
竹島の地図もまったく同様に、日本政府としての「あるべき姿」を、
わざわざ海岸線を変更(船着場を省略)して改描することで表現しています。
その適否については私が判断することではありませんが、
地図作成者が置かれた立場によって、
地図の表現がしばしば「現実」に反する場合があるのは、
戦時中だけでなく現在も同じなのです(本文より)。
そんな本書は、ちくま文庫「地名の謎」に続く、
『奥深い地図の世界』
が描かかれた、一冊となっています。
地図から見える日本と世界の文化の違いが明らかにもなっているように思います。
(目次)
地図で封筒を作るのはいかが?
Ⅰ 地図の向こうに見えるもの
海ばかりの地形図を集めてみた
原野の地形図に夢想する
飛行場のある地図の風景
政治にゆさぶられた地図たち
軍隊と地図
「五万分の一」で地球儀を作ったら
Ⅱ お国変われば地図も変わる
モナコとミュンヘンが同じ町?
お役所記号にこだわる日本
「ロサンゼルス」か「ロスアンジェルス」か
境界の地図・地図の境界
ザクセン州アメリカ駅、オハイオ州ロシア
Ⅲ 地名が変わっていく......
大塚の北に南大塚がある不思議
地名抹殺の現場から
ペア地名の話
七ケタ郵便番号簿はおもしろい
長い駅名でムラおこし?
駅名改称が花ざかりですが......
多摩の駅名変遷を調べてみると
西武鉄道路線図のここが怪しい!
門前駅名と駅前地名
Ⅳ 使いやすい地図とは
不便な会社別路線図
どちらが本当の御殿峠?
道路地図をどう選ぶか
国土地理院の「お役所切り」
国土地理院の地図はもっと売れる
Ⅴ 自分流地図の楽しみ方
百年前、ここは何だった?
川崎街道の旧道をゆく
神社仏閣鉄道
消えた五日市鉄道の廃線跡をたどる
東京よりもハノイに近い日本の島
市町村要覧を楽しむ
二年ごとに「遷都」する村
外国の地形図を個人輸入する
世界一短い駅名?
地図の未来-文庫版あとがき
「スマホ」時代になっても-ちくま文庫版あとがき
解説 地図、倒錯愛 渡邊十絲子
(参考)
地図の遊び方
国土地理院
taka_raba_ko 地名の謎。
私がいつも「遊んで」いるのは、
お役所(国土地理院)の発行する「地形図」です。
(地図は)
誰もが読まなくても、見るだけの人がいてもいいのです。
正直いって、どの地図を買うかといえば、そこへ旅行するから、
などという現実的な理由がある方が少なくて、ただ地図を「絵」として眺めたときに
おもしろいかどうかで(今尾恵介さんは)判断しています。
この「おもしろさ」はその時々によって変わります。
例えばあるときには、断崖が海に迫る入り組んだリアス式海岸にへばりつく
小さな村々の風景が実にいいなあと感じるし、
またあるときには人家がまったくない山中の、「等高線づくし」に喜びを覚えることもあります。
市街地の形がえもいわれず美しい町、
鉄道の線路が描くカーブが心憎い大都市近郊の町が良かったりもします。
天然の蛇行をほしいままにする原始の川が彩る湿原も芸術的です。
地図のおもしろさというのは、その紙の上だけにとどまりません。
地図に描かれる無数の情報としての図形には、人工・自然を問わずそれぞれに
曰く由緒があります。
地図を眺めていて、あれれ、と思ったことを図書館などで調べていくと意外な事実が
判明したりもします。
世界のいろいろな地域の、さまざまな表情をもった地図に接するたび、
地図というものが
いかに「文化を映す鏡」であるかを感じさせられます。
世界のGPSのための座標系を世界標準に統一するのは結構なことかもしれないが、
地図そのものの中身をハンバーガーや自動車やコンピュータのように
世界中を「平準化」させてしまったら面白くないでしょう。
(例えば)地図を、「ことば」に置き換えてみればよくわかります。
国際社会で通用するようにと、英語を日本の準公用語にしようと
提唱している人がいるそうですが、日本語で表現する内容を持たない人が
英語を身につけた途端に、国際舞台で主張ができるわけではありません。
それと同じように、地図だって、
その表現すべき内容が適切に記号化され、
地図のことばに置き換えられて初めて機能するのですから、
ある国の地図はその言語圏に暮らす普通の人(最大の読者)にとって
最良の「表現方法」をとるべきです。
世界各国、各地域に存在する地図は、違うことこそが面白いのであり、
価値のあることです。
一方で、地図のデジタル化は、
これまでは不可能だった極少部数の地図も
需要に応じて作製できる「オンデマンド出版」の方式で、
たとえば僻地でも最新の地図を入手できるようになるかもしれないし、
手作業では非常に困難だった色の複雑な使い方が簡単になったことで、
従来にないさまざまな表現が可能になり、
地図のデザインそのものが大きく変わっていく可能性もあるのです。
「スマホ」の時代になって
私(今尾恵介さん)の仕事がなくなろうが、
誰もが一〇〇年前にアクセスできるのは良いことなのかもしれません。
しかし注意しなければならないのは、
そのようなアプリに付いている
昔の地図からは「不都合な真実」が省かれている、
ということなのです。
戦時中に日本の地形図が「戦時改描」で飛行場を住宅地に、
工場を公園などに擬装した歴史を引くまでもありませんが、
被差別部落などの情報は、これらアプリから意図的に省かれています。
江戸期の地図にしばしば記された「非人小屋」とか「穢多村」などの区域はもちろん空白。
地図を改作するのは昔のこと、
あるいは民主主義の国では存在しないと思っている人も多いですけれど、
そうでもないことは、最近の国土地理院の「地図閲覧サービス(ウォッちず)」で
お近くの変電所を視ていただければわかります。
なんとなくポツリと建物があるだけで、その建物には何も表記されていません。
今では送電線もすべて消されており、
その建物が何であるかは現地へ行かないとわかりません。
なぜ隠すのか、を国土地理院の担当者に尋ねたところ、言いにくそうに
「テロ対策......」
との答が返ってきたことがあります。
昔の改描は、もちろん「テロ対策」とは言わなかったでしょうけれども、
敵の攻撃に備えるため、という点では「一緒」です。
衛星から地上の細部まで「のぞき見」できる現在、地図上でこのような「操作」をすることに
どのような意味があるのでしょうか。
竹島の地図もまったく同様に、日本政府としての「あるべき姿」を、
わざわざ海岸線を変更(船着場を省略)して改描することで表現しています。
その適否については私が判断することではありませんが、
地図作成者が置かれた立場によって、
地図の表現がしばしば「現実」に反する場合があるのは、
戦時中だけでなく現在も同じなのです(本文より)。
そんな本書は、ちくま文庫「地名の謎」に続く、
『奥深い地図の世界』
が描かかれた、一冊となっています。
地図から見える日本と世界の文化の違いが明らかにもなっているように思います。
(目次)
地図で封筒を作るのはいかが?
Ⅰ 地図の向こうに見えるもの
海ばかりの地形図を集めてみた
原野の地形図に夢想する
飛行場のある地図の風景
政治にゆさぶられた地図たち
軍隊と地図
「五万分の一」で地球儀を作ったら
Ⅱ お国変われば地図も変わる
モナコとミュンヘンが同じ町?
お役所記号にこだわる日本
「ロサンゼルス」か「ロスアンジェルス」か
境界の地図・地図の境界
ザクセン州アメリカ駅、オハイオ州ロシア
Ⅲ 地名が変わっていく......
大塚の北に南大塚がある不思議
地名抹殺の現場から
ペア地名の話
七ケタ郵便番号簿はおもしろい
長い駅名でムラおこし?
駅名改称が花ざかりですが......
多摩の駅名変遷を調べてみると
西武鉄道路線図のここが怪しい!
門前駅名と駅前地名
Ⅳ 使いやすい地図とは
不便な会社別路線図
どちらが本当の御殿峠?
道路地図をどう選ぶか
国土地理院の「お役所切り」
国土地理院の地図はもっと売れる
Ⅴ 自分流地図の楽しみ方
百年前、ここは何だった?
川崎街道の旧道をゆく
神社仏閣鉄道
消えた五日市鉄道の廃線跡をたどる
東京よりもハノイに近い日本の島
市町村要覧を楽しむ
二年ごとに「遷都」する村
外国の地形図を個人輸入する
世界一短い駅名?
地図の未来-文庫版あとがき
「スマホ」時代になっても-ちくま文庫版あとがき
解説 地図、倒錯愛 渡邊十絲子
(参考)
地図の遊び方
国土地理院
taka_raba_ko 地名の謎。